2010年2月26日金曜日

書評:『ブランド 価値の創造』

本書は、ブランド価値とは何かを明らかにしようとしている。ブランドのはじまりを問い直すことからはじめて、「ブランドという名前がどうして価値を持つようになるのか」のメカニズムに迫りその帰結を明らかにしている。


従来の考えでは、(1)消費者の欲望(ニーズ)がブランドを作るという考えと(2)マーケッターの思いがブランドを作る。という考え方がある。しかし、本書では、そのいずれでもない。消費者の欲望(ニーズ)なしに長期間売れ続けるブランドには成りえないが、企業側にブランドとして育てるという意志なしにブランドが生まれることはありえない。それに、新ブランドに投資する意思決定を考えると、必ずしも確かな基盤を持った意思決定ではない。ブランドの命名の際には、恣意性や偶然性が働くからである。そのような観点から、ブランドの今ある現実は、消費者の欲望にもメーカー側の思いにも、どちらにも還元しつくせない何かにあるという立場を取る。


その何かを理解するには、「創造的適応」という考え方が重要である。本書では、製品の分類を技術軸と使用機能軸のマトリクスで分類しているが、例えば、無印良品を考えれば、技術軸でも使用機能軸にも何か具体的な指示対象があるわけではないが、無印良品は存在している。それは、他のいかなる言葉へも代替が効かない「創造された意味」に他ならない。すなわち、ブランドの本質は、ブランドだけがそのブランドの現実を説明できる自己言及性のうちにある。


この創造された意味世界そのものを支える根拠が無くても、ブランドはそれなりの構造をつくり意味世界を持続させる。ブランドの構造は、以下の3段のピラミッドで表される。


(1)最上部に「ブランドアイデンティティ=普遍的統一性」がある。それは、包括性と差異性という要件を持つ。また、それは意図的に露出され得ないものである。

(2)中段に「コードとスタイル」があり、把握できないブランド価値を最下段の目に見えて触ることのできるブランドメディアにつなぐ役割をもつ。

(3)最下段に「可視的メディア」があり、ポジショニング、コンセプト、製品、広告テーマターゲットであり、コードやスタイルの具体的な表現形である。また、競争者が変わればポジショニングを変えたり、環境の変化にも対応する。


すなわち、ブランドは、その価値(コードやスタイル)に相応しい環境を選びつつ、それに適応する。その一方で、ブランドの核心部分のコードやスタイルも変更することでブランドとしての適応力を拡大する。これが創造的適応である。


こうした「創造的適応」は、非常にダイナミックな性格を持ち、ブランドは、名前が自立した後、使用機能・技術を横断するスタイルの記述名へ、スタイルを横断するフィロソフィの記述名へと展開し、複数のフィロソフィを横断する何かへと発展する。

このようなブランドの価値は、新たな世界をその領分に包摂するごとに、新しい価値が同時的に構成される性格を持ち、「ブランドの命がけの跳躍」として描かれている。


最終章では、そんなブランドがもたらす帰結が述べられている。識別効果と知名、理解効果、新しい消費欲望の生成は一般的なマーケティングのテキストで述べられているが、争点(選択ルール)選択効果は、独特な視点である。


それは、ブランドを選択することが、市場における買い物の選択ルールを選んでしまうということになるという効果である。例えば、高品質、多機能なテレビが発売されたとする。しかし、それを発売したメーカーが有名ブランドメーカーか、そうでないかによって消費者の選択は変わってくる。このことは、消費者が有名ブランドを選んだときには、そこから商品を選択する商品の代案集合、あるいは、その集合から選択するためのルール、つまり買い物のスタイルをも同時に選んでいるということになる。


また、争点効果は買い物の場だけに留まらない。消費者がメッセージ性豊かなブランドを選ぶとき、意識できなくても、自らのライフスタイルを変更する可能性を選んでいるというのである。このことは、ディドロ効果と表現されている。


そして、本書が示唆していることは、従来のマーケティングの枠組みは、価値通路モデル* の理解の上に成り立っていたために、静学的な理解に留まらざるを得なかったという反省と、マーケティングの現実を理解する上で、メディアとメッセージが交錯しあう中で歴史が切り開かれるという動態的な視点を持つことの重要性である。



*伝統的なコミュニケーションモデルを表し、発信者の意図するメッセージが確かなメディアを経て受信者に伝わるという一方向のモデルである。

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